65歳以上の人口比率が28パーセントを超えました。 さらに75歳以上はその半数です。 

明治時代はコレラが死の病でした。

明治時代の終わりから大正時代そして昭和の前半にかけては結核が死の病でした。

現代医学は感染症を次々と克服してきました。

感染症は完治するケースが多いのに対し、いわゆる生活習慣病は症状を改善することができたとしても完治することはほぼ不可能です。

現在では38万人が悪性腫瘍、20万人が心臓病、12万人が肺炎、10万人が脳血管疾患でお亡くなりになっています。

毎年138人の方がお亡くなりになり、そのうちの100万人が80歳以上です。

このような時代の到来を予想し、私は今から30年前に現在の「関節ニュートラル整体」の原型を考案しました。

そして30年かけて現在の進化発展形を完成したのです。

私が茨城県牛久市で開業した時代は今から42年前です。 その当時は65歳以上の人口比率は7パーセントでした。

開業当時はカイロプラクティックの最も優れた技術であるモーションパルペーション&マニュピュレーション(動的触診法と手技療法)を行っていました。

わかり易く言うと、従来の形状を整えるという手技療法ではなくて、関節の弾力を回復するテクニックの進化発展形を駆使していたのです。

開業する2年ほど前に北米にあるカイロプラクティックの大学で解剖学とカイロプラクティックを学ぶことが目的である研修旅行に行きました。

そこで私と同じ年の安藤DCと知り合いになりました。 そして安藤氏と同時期にナショナル大学の留学生であった山根DCとも知り合いになりました。

お二人ともに私が開業している茨城県牛久市でセミナーを開催していただきました。

安藤DCは若くしてご病気でお亡くなりになり本当に残念に思いました。

北米にある様々な大学の中で、医師の考えに近いカイロプラクティックの大学で解剖実習を体験させてもらいました。

その体験から人間の体はあらゆる人種において本来がわずかながら曲がっているものであることを確認しました。

このような体験を通じて、その当時世界最高の技術と信じていたモーションパルペーション&マニュピュレーション(以下MPと省略)をさらに進化させる事に成功しました。

その技術が「関節ニュートラル整体」です。

人体には約206個の骨から構成される約200個の関節が存在します。

正常な関節には8方向に1ミリズレて復元する免震構造システムに勝るとも劣らない機能が備わっているのです。

この保守点検システムを関節ニュートラル整体なのです。

情報が乏しかった時代に、私の恩師がカイロプラクティックの最先端といえるMPを学んでいたのは驚きです。

MPを考案したベルギーのカイロプラクターであるドクタージレーが来日し技術が伝わったそうです。

当時のベルギーは現在の日本と同じようにカイロプラクティックが法制化されていません。

したがってカイロプラクターが死亡診断書を書いたり出産証明書を書いたりできる権限はありません。

ましてやレントゲン撮影もできません。

そこで関節の遊びを検査し調整しさらに調整後に再検査するシステムが、当時の日本人が納得でき取り入れたという事かもしれませんね。

私はその技術を学び、さらに検査法と調整法を進化発展してまいりました。

開発から何と30年の年月をかけて、ついにその完成形を開発したというわけです。

1、動いて痛むか、さらに関節の自動引導を検査します。

2,全身の関節の緩和操作を伏臥位、側臥位、仰臥位で行います。

3、そこでさらに上肢帯(肩、ひじ、手の関節、鎖骨、肩甲骨の関節)の関節の検査と調整。

4、下肢帯(股、膝、足の関節)の関節の検査と調整。

5、頚椎の仰臥位での検査と調整。

6、大半のケースは、ここで全身のPNF(固有受容性神経筋促通手技)をベースに応用発展させたリハビリテーションを行います。

7、最後に脊椎の調整を行います。

8、仙腸関節の調整の後に腰仙関節を行うケースが半分、残りの半分は腰仙関節の調整の後に仙腸関節の調整で終了します。

このように全身の関節の自動運動と他動運動の検査と調整をすることで幼児から高齢者まで関節の検査と調整を行っているのです。

ちなみに私が行っている件さ及び調整も官製はがきの厚み(0・45ミリ)の範囲ですので安全です。

繰り返しますが、私が考案した「関節ニュートラル整体」は全身の関節の保守点検システムです。

例えると網戸がレールから外れてしまった状態を改善するようなイメージです。

的確な技術があってこそ安全確実にできるのです。

腱板断裂というけがをご存じでしょうか?

50代で肩を痛めた患者さんが、肩関節の専門医の診察を受けさらにMRIをとると、なんと半数に腱板の損傷がみられるのです。

驚くことに、少年野球の子供の約半数は腱板に損傷がみられるのです。

言い換えると成長段階の子供さんは1試合に投げる球は50球に制限するべきなのです。

メジャーリーガーも投球回数は100球を守っているのがわかりますね。

したがって高校野球で180球で完投したなどというニュースを聞くと、正気の沙汰ではない気がしますね。

運動で手が上がらなくなった経験がある方は腱板損傷の可能性があります。

スキーやスノボードで転倒して腕が上がらなくなった経験はないでしょうか?

金属疲労で断裂するケースと、腱板の弾力の限界を超えてしまったケースがあるのがわかりますね。

残念な柄、腱板の手術は成功しても機能は半減してしまうのです。

そうなる前に予防の体操の指導を受けるのがベストな選択でしょう。

私が約12年ほど前に動画を公開した、腰痛肩こりケア体操をご覧ください。

これは私が現在の治療院で撮影した映像です。

前後開脚や横開脚の可動域が狭く、さらに開脚、長座、胡坐で前屈して両肘が床に着かない方向けの動画です。

それ以上の可動域がある方を対象に、さらに実践に近い自分で出来る腰痛肩こりケア体操の指導は私が経営する水道橋の「腰痛肩こりケアセンター」で毎週第一日曜日の午前中に体操教室を開催してい、お問い合わせの上でどうぞご参加ください。

現在私はもうすぐ68歳になります。

現在の体重は80キロ、体はカブトムシ体形です。

しかしながら懸垂も28回、ベンチプレスも80キロ程度はできます。

勿論人に見せられたものではありませんが、全身創痍の高齢者としてはましなほうです。

40歳まではフルスクワットで180キロをやっておりましたが、両方の座骨下腿筋を断裂してしまい、現在では60キロ3回しかやりません。

もちろんノーベルとではだしです。

筋力トレーニングをやりすぎた人間の末路ですが、多くの高齢者の参考になるかもしれません。

究極のところやらないよりはいくら軽い重量でもましとお考え下さい。

おなかが引っ込んでから動画を編集し公開しようと思いましたが、一向に減らないので見苦しい体のまま近日公開します。